扱いにくい人たち

扱いにくい人たちに対して電子会議室上で対応するのは、 面と向かって対応することに比べて多少難しくなります。 ここで言う "扱いにくい" とは "失礼な" という意味ではありません。 確かに失礼な人たちは不快なものですが、彼らが必ずしも扱いにくいというわけではありません。 本書では、すでに失礼な人たちへの対処法は説明済みです。 とりあえず一言指摘したあとは、そのまま無視してしまうか、 何事もなかったかのように他の人たちと同じよう接すればいいのです。 それでも彼らが失礼な振る舞いを続けるようなら、 彼らはきっとそのプロジェクトの誰にも見向きもされなくなるでしょう。 自業自得です。

本当にやっかいなのは、あからさまに失礼な態度であるとはいえないが プロジェクトの進み具合に悪影響を与えている人たちです。 彼らは他の人たちの時間や労力を余計に費やさせるだけで プロジェクトに何の利益ももたらしません [26]

そういった人たちは、プロジェクトを進めるにあたって要となる箇所を探しては そこで自分の影響力を誇示しようとします。 このような行いは、単に失礼であるだけの人よりよっぽど油断なりません。 なぜなら、その振る舞いだけでなくそれによる被害も明白だからです。 このような行いの典型的な例は、いわゆる議事進行妨害です。 進行中の議題について、誰かが (いかにももっともらしく聞こえるように) 「まだ結論は見えていない。もっと別の解決策も検討してみるべきだ。 違う視点から見直してみるのもいい」といった意見を述べるが、 実際のところは既にほぼ合意がとれているかあるいは採決をとる準備ができているといった状況です。 別の例を考えてみましょう。なかなか合意が得られない議論において、 「まずはお互いの意見の不一致を確認してこれまでの議論のまとめを作成しよう」 という流れになることがあります。 そのまとめを作成した結果、自分が気に入らない方向に進むかもしれないと考えている人は、 まとめの作成作業さえも邪魔しようとするかも知れません。 妥当な提案に対していちいち反対したり、 誰も喜ばないような新たな話題を持ち出したりなどといった手段で粘着してくるわけです。

扱いにくい人たちへの対応

こんな振る舞いに対抗するには、 何が彼らをそうさせるのかを理解することが助けになります。 たいていの人は、意識してそのように振舞っているわけではありません。 毎朝起きたときに「さあ、今日も斜に構えて議論をかき乱し、 みんなをいらいらさせてやろう」と考える人なんていませんよね。 そんな行動に彼らを導くのは、たいていの場合は 「自分はこのグループでの議論や意思決定の際に仲間はずれにされているのではないか」 という被害妄想です。彼らは自分がないがしろにされていると感じています。 あるいは (もっと深刻な場合は) 自分だけをのけものにして 他のメンバーだけで何かをしようとたくらんでいると感じることもあります。 そう感じている彼にとって、プロジェクトの進行に口をはさんで 何とか 自分のほうに目を向けてもらえるようにすることは 完全に正当な振る舞いです。極端な場合は、彼は 「自分が戦わなきゃこのプロジェクトはダメになってしまう」と思い込んでいるかもしれません。

こういった攻撃は、その性質上みんなが一斉に気づくものではありません。 人によっては、明白な証拠があらわれるまでそれを認めないかもしれません。 つまり、このような攻撃を何とか収めるのはそれなりの作業になるということです。 何かが起こっていると自分が気づくだけでは不十分で、 他のメンバーを納得させるだけの証拠を用意する必要があるのです。 その証拠を示す際には十分な注意が必要です。

戦うだけの余力がない場合、とりあえずはしばらく見過ごしておくのが得策です。 ちょっとした感染性の病気と同じようにとらえらばいいのです。 プロジェクトが極端に衰弱していない限り、 病気に感染してもなんとかなります。 下手に薬に頼ると、何らかの副作用があるかもしれません。 しかし、無視できない程度の被害が出始めたら、それが動き出すときです。 まず、目にしている状況をしっかり書き留めてください。 公開しているアーカイブを参照するようにしましょう。 このような場合のためにも、プロジェクトの活動をアーカイブしておくことが大切になります。 よい手がかりが見つかったら、 次にプロジェクトの他のメンバーと個人的な話し合いをします。 このときに「こんな風に感じるんだけど……」と話すのではなく、まず 「最近何か感じることはない?」というように問いかけるようにします。 トラブルメーカーの行いについて他人がどう思っているのかについて聞けるのは、 これが最後のチャンスになるかもしれません。 あなたがいったんトラブルのことについて話し始めると どうしても相手の意見は変化してしまい、 もともとどう考えていたのかを思い出せなくなってしまうでしょう。

個人的な話し合いの結果、 同じような問題を感じている人が少なからずいるとわかったとしましょう。 そろそろ何か行動をおこすときです。 このときは ほんとうに 用心深くならなければなりません。 この手のトラブルメーカーは、しばしば「自分が不当にいじめられている」 と思い込んでしまいがちだからです。何をするにしても、 「プロジェクトの動きを故意に妨害している」「被害妄想に陥っている」 あるいはその他あなたが疑っていることが事実であると決め付けて責めたりしてはいけません。 あなたの最終的な目標は、もっと妥当なもので かつプロジェクト全体の利益のためになるものでなければなりません。 彼らの振る舞いを改めさせるか、あるいは追い出してしまうか。 最終的にはどちらかになるでしょう。 あなたと他の開発者たちとの関係によっては、 事前に個別に手を組んで共同で責めていくことも有効かもしれません。 ただ、それが裏目に出ることもあります。 裏でこそこそと何かをして中傷しているようにとられたら、 あまりよく思われないかもしれません。

たとえまずい行動をしたのが手を組んだ相手のほうだったとしても、 言い出したのがあなたである以上、周りから見ればまずい行動をしたのは あなた だということになります。 自分のいいたいことを示す例をできるだけ多く集めるようにしましょう。 そして、できるだけやさしく紳士的に説得するようにするのです。 もしかしたら問題の当事者を説得しきれないかもしれません。 しかし、その他大勢の人たちを説得できればそれで十分です。

実例

私がフリーソフトウェアにかかわりだしてから 10 年以上たちますが、 私が覚えている限り、これまでにこのようなことが起こったのは一度だけです。 そのときは、実際に投稿をやめてもらうよう働きかけるはめになりました。 このような場合によくありがちなことですが、 実際のところ彼はまったく悪気はなく、良かれと思ってやっていただけでした。 彼は単に、投稿すべきときと控えるべきときの区別ができなかったのです。 私たちのメーリングリストは一般に公開されており、 彼は非常に頻繁にそこに投稿していました。 さまざまな内容について質問を繰り返すこともあり、 コミュニティーの間で徐々に目障りに感じられるようになってきました。 質問を投稿する前に少しは自分で調べるようにやさしくお願いしてはみたのですが、 彼には何の効果もありませんでした。

最終的に有効だったのは、完全に中立で定量的なデータを示すことでした。 開発者のひとりがアーカイブを調べ、 以下のようなメッセージを何人かの開発者に個別に送ったのです。 問題の人 (以下の一覧における 3 番目の人。ここでは仮に "J. Random" とします) がプロジェクトにかかわり始めてから日がまだ浅いこと、 そしてコードやドキュメントに一切貢献していないこと。 なのにメーリングリストの投稿ランキングでは 3 番目になっていることがわかります。

From: "Brian W. Fitzpatrick" <fitz@collab.net>
To: [... 匿名性を確保するため、送信先は省略します ...]
Subject: The Subversion Energy Sink
Date: Wed, 12 Nov 2003 23:37:47 -0600

過去25日間の svn [dev|users] リストの投稿数トップ6は以下のとおりです。

    294  kfogel@collab.net
    236  "C. Michael Pilato" <cmpilato@collab.net>
    220  "J. Random" <jrandom@problematic-poster.com>
    176  Branko Čibej <brane@xbc.nu>
    130  Philip Martin <philip@codematters.co.uk>
    126  Ben Collins-Sussman <sussman@collab.net>

この中の5人は、近々発表予定の Subversion 1.0 に貢献してくれている人たち
です。

また、この中の1人は、他の5人の足を引っ張って時間と気力を浪費させているだ
けの人です。彼のおかげでメーリングリストが停滞するだけでなく、無意識のう
ちにSubversionの開発自体も速度が低下してしまっています。詳細な解析をした
わけではありません。ただ、Subversionメーリングリストのスプールをざっと
grepしてみたところ、この人物がメールを投稿するたびに、他の5人の中の少な
くとも2人が返信をするはめになってしまっているようです。

そろそろ何らかの行動を起こすべきときじゃないでしょうか? たとえそれで当
該人物がここから去ってしまうことになってもやむを得ません。控えめにやさし
く説得するだけでは何の効果もないことはすでに証明されています。

dev@subversion はバージョン管理システムの開発を手助けするためのメーリン
グリストであり、グループセラピーを行う場所ではありません。

- 3日もの間、大量のメールと格闘し続けた Fitz より

最初のうちは気づかなかったのですが、J. Random (仮名) の振る舞いはプロジェクトの進行を妨げる典型的なものでした。 彼は、議事の進行を妨害しようとするなどの具体的な行動をとったわけではありません。 ただ「各メンバーに節度を持った対応を期待する」という メーリングリストの方針をうまく利用していたということです。 私たちは「どんなネタをどんなときに投稿すべきか」といった判断は 完全に各個人に任せていたのです。 したがって、誰かが不適切な投稿をしたり それを改善するそぶりを見せなかったりしても、 私たちはどうすることもできなかったのです。 彼が頻繁に投稿を繰り返すことを他のメンバーはみんな気にしていたのですが、 「それは○○という規則に違反している」と指摘する根拠はなかったのです。

当時の Fitz のやり方は、巧妙なものでした。 彼はまず定量的な証拠を集めました。そして、それを慎重に広めたのです。 まずは、仲間になってくれると心強いと思われるごく一部の人たちにだけ それを伝えるようにしました。 何らかの対応が必要だと合意した彼らは、J. Random に電話をかけて問題点を直接指摘し、投稿を控えてくれるよう頼みました。 彼は、なぜそんなことを言われなければならないのかをわかっていないようでした。 まあ、もしわかってくれるだけの人であれば、 最初からこんな問題は起こらなかったでしょうけどね。 結局、彼は投稿をやめることに同意してくれました。 そしてメーリングリストは通常どおりに戻ったのです。 最終的にこの作戦がうまくいった理由のひとつは 「彼の投稿をスパム対策用のソフトウェア (3章技術的な問題「スパム対策」 をご覧ください) で拒否することもできるんだよ」 という圧力を遠まわしに与えたことにもありました。 しかし、このような圧力を与えることができたのも、 Fitz が最初に主要人物に根回しをしておいたからこそです。



[26] 扱いにくい人たちの一例について、Amy Hoy が愉快な記事 Help Vampires: A Spotter's Guide で的確に指摘しています。Hoy 曰く、 「それはきっと、時計の時刻合わせをするのと同じくらいに普通のこと。 コミュニティの衰退は、放射性同位体の減衰と同じくらいに予測可能なこと。 オープンソースのプロジェクトなり言語なりがそれなりの知名度を得るようになると  — 半減期を迎えると、と言ってもいい —  奴らはやってくる。そしてコミュニティの気力をそぐようになる。 奴らは Help Vampire。そして、それを阻止するために私はここにいる...」